安楽死と自殺との違い、そしてその賛否、これって本当は、どっちも他人が止める事じゃない。

はい、おはようございます。

(今回のお話は、私個人の考えであり、宗教やその他団体、個人を否定する内容ではありません。)

 

現世は修業の場です。

辛い現実は試練であり乗り越えるべき物です。

 

うん、これ嘘ですからね。

仏教でも、こんな事教えてないし、荒行すら必要ないって言ってなかったかな?

釈迦が何を悟り、何を後世に伝えようとしたのか、ちゃんと調べて見ればわかると思いますよ。

 

私の考えでは、皆が理解している輪廻は存在しない。

ただし、思念の集合体となり自我を持ち人として生まれる事を望む神はいる。

それが、ある意味では輪廻なのかも知れない。

ただ、誕生は誕生でしかなく、基本的には0(魂の話で父母はまた別の意味)から始まる。

だから、修業や試練の意味は無いと考えているんです。

 

私の考えでは、現世こそが地獄であり、その中でどうやって苦痛を少なく生きるかを工夫する事だと思う。

本当に単純に考えれば、人も動物も繁殖し子孫を残し種を守る本能で生きているだけであって、人は知恵を持ったが為に勝手なシナリオを作ったり、意味もない所を詮索する。

 

言葉が悪いけれど奇形、障害、先天性の病気、細菌、ウィルスではなく自身の身体から起こる病気、これ全て進化の過程だと思うんです。

でも、自然界では本当に進化の過程なのか試され、放置される。

そこで生き残り、繁殖できれば進化であり意味がある。

でも、人は全て助けようとして、自分たちの首を締める。

 

今回ニュースで報道されていた病気は、動けなくなる病気です。

自然界では、放置されれば他の動物の餌食になり、生き残ることは出来ません。

それは言い換えれば、そのまま生きていても苦痛しかないと言えるのではないでしょうか?

人は知恵や考える能力があるので、それを苦痛から小さな幸せに変換できる人もいます。

でも、全ての人が変換できるかと言えば出来ません。

 

これは、私が追体験をしてしまうことから、分かっていることですが普通の人にも分かりやすく説明します。

アナタの身体にピッタリだけど入り口が狭い箱があり、そこに何日も何ヶ月もかけ、ゆっくりと勝手に入っていくんです。

その箱に入った部分は、箱が身体に密着して動けず出てこれません。

完全に入ってしまうと全身ピッタリと密着し、一切身動きが出来ません。

箱には入り口と、目の所に穴が空いているだけです。でも出ることは出来ません。

箱に管をつないで空気を送って貰わないと息も出来ません。

寿命が終えるまで、そのままです。

空気を送られているので、通常よりも長く生きる事があります。

命の危機があっても、守られているので懸命に助けられます。

ただし停電になれば呼吸ができなくなります。

地震、津波、火事、その他、天災などが起こっても自力で逃げれません。

暑い、熱い、寒い、冷たい、痛い、痒い・・・何にも対処出来ません。

 

寝て起きて身体が痛くても動かせません。

起きたことを知らせようとしても声も出ません。

あなたは、この状態で何年?何ヶ月?何日?、いえいえ何分耐えれますか?

 

私は疑問なんです。

自分の意志では動けない寝たきりの人を無理に生かす法律・・・

もう食べ物を口に運ぶことすら辛い人。

ガンで確実に亡くなる事が分かっていて、更に苦痛に耐えている人。

私の祖母を含め沢山の、そう言う人をみました。

 

私の祖母は

「もういいよ・・・しんどい・・・早く殺して」

と言っていました。

 

80代でしたが認知症ではなく意識がハッキリとしているから辛かったようです。

食べたくないのに鼻からチューブを入れられ、無理やり栄養を送られ生かされる。

そのチューブが辛いから自分で抜いてしまう。

そうすると手が自由に使えないようにミトンを両手に被せられる。

動けないから眠くなるのに、昼に寝ると夜に寝ないからと看護師に起こされ。

「これで遊びなさい」と、ぬいぐるみを渡される。

認知症ではない祖母には苦痛でしかありません。

 

これって医療なのか拷問なのか・・・

 

私個人としては祖母に生きていて欲しいと思う気持ちも有りましたが、ただ生きて欲しいのとは違います。

”元の元気な姿で生きていて欲しい”

なんです。

苦しんでいる祖母を見たいわけでも、その状態のままで生き続けてほしいなんて思わない。

だって目の前で苦しんでいるんですよ。

その苦しみから抜け出せるのは、もう今は、本当に死しかない状況なんです。

延命なんて何の意味もない拷問です。

 

それでも最後まで行きたいと願う人は、全力で助けてあげるべきだと思います。

 

もう、苦しみたくない、止められない病気が進行する事に恐怖を感じる。怖い。

だから、寿命よりも少しだけ早くなるけれど、もう死にたいと願う人には希望を叶えてあげるべきだと思う。

私が言いたいのは、無駄な延命で人に苦痛を与える様なルールは間違っていると思う。

 

もう死と苦痛の二択しか出来ない状況ならば、本人に選択を任せても良いのではないんですか?

さらに言えば、例えば70歳を越えれば健康でも安楽死を選択できる様にしても良いのではないでしょうか?

苦痛のない今のうちに死にたい、先の病気や認知の恐怖に怯えながら生きたくないって人も居ると思います。

 

悪い言い方ですが・・・

国としても定年後は税収も減り、支出としての医療費、年金、色々と負担が減るんですよ。

別に非人道的な話ではないと思うんです。

人は、無駄に寿命が伸びてしまったんです。

ある一定の年齢で死を選ぶ権利を持っても良いと思うんです。

 

20代の身体のまま、100歳まで生き、コロッと死ねるのであれば何も問題は有りませんが、そうでは無いんです。

皆さんも一度、真剣に考えて見ては如何でしょうか?

 

これって署名を集めれば、国会でとりあげてくれるんだろうか・・・?

 

ではでは、また

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